下巻・もくじ

        
  序文 創造的で自由闊達な「研究者の楽園」
                                       志村 幸雄


 まえがき
                                       今井 哲ニ



 第七章 電子管研究から半導体研究への流れ
                                       今井 哲二

 一 高度情報化社会をもたらしたエレクトロニクスの進歩と電子管の役割
    一.一 拡大するエレクトロニクスにより形成される情報化社会
    一.二 電子管の果たした役割

 二 戦前・戦後における半導体理論の発達と酸化物陰極への適用
    二.一 固体物性論の発展過程と半導体基礎理論・電子放射理論の
        確立へ
    二.二 神代分室発足前後における物性・半導体の勉強会と
        電子放射の研究状況

 三 電子放射研究会から応用電子物性分科会への移行
    三.一 我が国おける陰極研究の経緯と西堀・川村の酸化物陰極の
        半導体モデル
    三.二 応用電子物性分科会の発端
    三.三 応電分科会の歩み


 第八章 電子技術・産業とクリーンテクノロジー
                                       高橋 得雄

 一 塵埃(ごみ)汚染のこわさを思い知らされた電子管開発の体験
    一.一 暗視管の開発
    一.二 マイクロ波通信用板極管の開発
    一.三 四〇〇〇メガヘルツ板極管の試作成功とその原動力

 二 半導体デバイス開発の第一歩は半導体単結晶精製とクリーンルームから
        (武蔵野通研での体験)
    二.一 電子管の研究を離れて半導体研究室へ
    二.二 クリーンルームとは
    二.三 バイポーラメサ型ゲルマニウムトランジスタの実用化と
        初期クリーンルームプラント

 三 苦しみながら楽しんだ日本電子での開発体験
    三.一 半導体IC事業班のスタート
    三.二 シリコンIC試作用プラントの建設

 四 MOS型IC時代の到来とクリーンテクノロジー
    四.一 MOS型ICに対する日本電子開発部の対応
    四.二 MOS型ICの高集積化を促進した
        クリーンルームテクノロジーの役割

 五 半導体デバイス産業の発展を支えてきた周辺技術と裾野産業
    五.一 電通研で体験した理化学機器応用研究とその成果
    五.二 日本電子で体験した理化学機器メーカーの役割
    五.三 IEEEショーで味わった中小企業の熱気
    五.四 日本における半導体製造装置メーカーの動向

 六 おわりに


 第九章 ゲルマニウムとシリコンの歩み
                                       水間 基一郎

 一 電通研の半導体材料の研究

 二 日本のゲルマニウム関連工業の推移

 三 シリコンの推移
    三.一 シリコン多結晶、単結晶の生産開始
    三.二 半導体素子、集積回路の生産経過
    三.三 技術提携と今後の動き
    三.四 ウェハの大口径化
    三.五 CZ機の進歩
    三.六 ウェハ加工
    三.七 ウェハの仕様と評価法
    三.八 四〇〇ミリ開発センター

 四 おわりに


 第十章 化合物半導体の研究・実用化
                                       今井 哲二

 一 神代会会員の多くが所属していた研究室の組織と研究対象の変遷
    一.一 電子管研究から半導体部品・材料研究への組織的変化
    一.二 研究実用化報告『一〇周年記念号』に見るミリ波の研究と
        当時の半導体研究の状況
    一.三 ガリウムヒ素を用いた超高周波・超高速半導体部品・材料の
        研究・開発を目的とした半導体部品研究室の性格が固まるまで
    一.四 過渡期を顧みて

 二 ガリウムヒ素化合物半導体デバイスの性能向よとその役割
     (通研における組織的研究の草創期)
    二.一 研究企画書Aの作成
    二.二 組織的研究の草創期における成果
    二.三 各種広帯域通信方式への貢献

 三 ガリウムヒ素化合物半導体デバイスの性能向上とその役割
     (草創期の組織的研究が引き継がれて)
    三.一 代々引き継がれた化合物半導体の研究
    三.二 商品化されてIT革命の一翼を担う最先端キーデバイスに


 特別寄稿T 私の歩んだ技術の道
                                       上島 崔也

 一 スタート地点

 二 神代増倍管と光線電話装置の開発

 三 熱線探知装置の開発

 四 召集、除隊、職場復帰

 五 山形県高摸村への研究室疎開、敗戦、疎開先研究室の撤収

 六 ラジオ受信用真空管の寿命試験

 七 逓信省電気試験所から電気通信省電気通信研究所ヘ

 八 組合問題とレッドパージ

 九 神代分室以後

 十 忍足研究所での仕事
    十.一  会社の生い立ち
    十.二  セレン整流体製造時代
    十.三  電気集塵機の改良研究、空気清浄機の開発
    十.四  HEPAフィルタの国産化とクリーンベンチの開発
    十.五  ダン科学との事業提携
    十.六  Royco 202粒子計数器による清浄度測定サービス
    十.七  武蔵野通研特殊実験棟のクリーンベンチ受注
    十.八  ビル空調用エアフィルタと自動再生式エアフィルタの開発
    十.九  一M DRAMを目標にしたULPAフィルタと
         フィルタ天井システムの開発
    十.十  日本の優位は長くは続かなかった
    十.十一 外国との技術交流
    十.十二 おわりに


 特別寄稿U 神代回想録
                                      甘粕 小三郎

 一 エレクトロニクス時代の始まり
    一.一 さぐり式鉱石ラジオ
    一.二 真空管ラジオ
    一.三 真空管を学んで

 二 電気試験所神代分室で
    二.一 終戦と東根への疎開
    二.二 神代での研究

  三 武蔵野研究所
    三.一 本格的研究
    三.二 パリの酸化物陰極国際会議
    三.三 トランジスタ雑音の研究
    三.四 論文資料こぼれ話

   四 半導体産業へ
  
    四.一 産業界における技術開発
    四.二 ソニーに学ぶ経営の基本理念と先見性
    四.三 モールド型SP−2などパワーシリコンの誕生
    四.四 モールド・シリコン誕生・裏話

  五 海外に旅して
    五.一 シリコンバレーで
    五.二 海外の印象

  六 トランジスタの誕生と独創性

  七 忘れえぬ方々
    七.一 西堀栄三郎
    七.二 盛田昭夫

  八 おわりに

  九 余 禄
    九.一 「九献会」誕生
    九.二 熟成の研究
    九.三 酒の縁


 特別寄稿V タケダ理研の創設とベンチャー企業経営の苦悩
                                      武田 郁夫

  一 電気試験所神代分室時代
    一.一 敗戦に直面して教わった将来への展望と気概
    一.二 物性・半導体の勉学に励むことのできた得難い職場

  二 レッドパージとハ島製作所時代
    二.一 組合運動とレッドパージ
    二.二 スクータに乗って零細企業経営を

  三 タケダ理研工業の創設とその企業戦略の展開
    三.一 タケダ理研の基盤がほぼ固まるまで(第一期)
    三.二 最初の自社製品「マイクロ・マイクロ・アンメータ」
    三.三 マイクロ・マイクロ・アンメータの成功が与えた自信と
         「日本市場ナンバーワン」マーケティングの基本姿勢
    三.四 わが国最初の振動容量型微小電流電位計
    三.五 草創期(第一期)を振り返って

  四 通信・電気分野のデジタル計測に着目した事業展開
    四.一 わが国最初のエレクトロニック・カウンタとその高性能化
    四.二 デジタル電圧計の開発
    四.三 デジタル
計測器メーカーとしての規模と質の
        拡大・充実、そして反省

  五 世界ナンバーワン超LSI半導体テスタメーカー
    としての飛躍を目指して

    五.一 いよいよ「世界市場でのナンバーワン競争力」を目指して
    五.二 世界ナンバーワン企業実現を控えて本格的な
        戦略的財務会計の導入と超LSIテスタへの取り組み
    五.三 長期的開発投資による本命製品発売直前の退陣
    五.四 富士通による救済

  六 おわりに


 編集後記・後記への補追


 著書・発表論文リスト