下  巻 ・ ま  え  が  き

 本文集は当初(平成十年七月頃)、『 神代分室真空管研究の歩み ― 半導体研究のあけぼの ― 』として計画され、最初に書かれた原稿は「 山形疎開 」についてであった。次いで「電気試験所最近の十年史」に基き、戦中・戦争直後の研究の概要が書かれた。しかし、その段階で栗田さんの突然の病気で中止となった。神代会でこの文集作成とその編集委員が公式に決められたというような事情では全くなかったので、この文集作成はここで自然消滅ということになった。

しかし、この編集に関わった者の一人が、武田(郁)の再出発への強い意向を受けて出直す気になった。このときは、本文集のタイトルとして「 エレクトロニクスの原点を訪ねて― 日本の一研究分室の歩み ― 」というようなことにしたいと思った。これにより神代分室時代を原点として、当時この職場で働いた仲間が、その後の通研さらには次の職場に移って努力を重ね、今日の高度なエレクトロニクス社会を築くために、それぞれが苦労してきた歩みを纏めることにより、意義深い記録が生まれると考えたからである。これなら多大な労力を払っても纏める価値があるし、「 トランジスタ事始め 」から始まる画一的な日本の「 半導体事始め 」の既成概念に一石を投ずることになるのではとも思った。このことはかねがね念頭にあったことでもある。

このようにして再出発した時点では、神代分室に原点を置き、そこに軸足を置きながらも今現在に繋がる神代分室員の仕事の歩みを纏めたいという新構想に立っていた。平成十一年二月にこの新構想で出直し、目次の中に『 電子管研究から半導体研究への流れ 』を明確に取り入れることにした。そして、この内容は(1)「電子放射の研究から」と(2)「 電子管研究における表面処理の研究から 」の二本立てにする計画であった。また、電子管の研究に携わった方々の多くが好むと好まざるとに拘わらず半導体デバイス・材料の研究に移ることになった( 通研で最後まで電子管の研究を手がけられた方々も居られたが )。この分野は大別して、@ ゲルマニウムを経てシリコンを主体としたトランジスタ・集積回路、A ガリウム砒素を主体としたV‐X族系化合物半導体デバイス、になる。エレクトロニクスへのインパクトという立場では、産業界での生産規模から言えば、@の分野が圧倒的に大きく、Aは微々たるものである。そうした状況も踏まえ、本文集の目次は平成十一年秋頃まで、『 トランジスタから超LSIへの道 』を一つの章として計画し、「 化合物半導体(V‐X族系)の研究 」は「 電子管研究から半導体への流れ 」の章の中で最後の一節として扱う予定で執筆・編集を進めた。

 本文集の原稿は、基本的には何の条件もつけず自由投稿から出発したが、編集者が意図した分野あるいは部分の原稿がなかなか集まらず、当該分野に関係した神代会々員への執筆を依頼するのに苦労を重ねた。上巻については、そうした要請に応えてかなりの方が執筆に協力された。しかし、上述の「 トランジスタから超LSIへの道 」についての寄稿は、そのものズバリという適切な表現としてはついに得られず、編者の意図したバランスのとれた内容とはかなりかけ離れたものとなってしまった。

他方、「 化合物半導体(V‐X族系)の研究・実用化 」については、種々の事情からこれを一つの章として独立させ、しかもかなり詳細に過ぎる記述となった。これは編者がこの分野で仕事をしたため、編者の体験記として纏めておきたかったことと、丁度いま、この化合物半導体デバイスがIT時代を支えるキー・デバイスとして注目されていることにも依っている。そして何よりも研究の実行部隊だけでなく、将来を見通した指導的立場で数多くの神代会々員がこの分野に関わってこられたからである。

「 トランジスタから超LSIへの道 」については、平成十一年秋に発行された『 NTT R&Dの系譜 』の中で神代会々員の方々の回顧談が載っているので、それをも含め神代会々員の電子管以後の努力と成果を知って頂ければと思う。

「半導体レーザ」に関しても本文集には直接的に反映できなかったが、これについても上記「系譜」の中で神代会々員が回顧の記事を寄せている。併せて御覧頂ければと思う。

 なお、「 電子管研究から半導体への流れ 」は、さきに述べたように、既成の概念とは異なった切り口で半導体の発展史を眺めたいという意図で、前半では神代分室とは直接関係のない公知の事柄を、やや冗長に述べた嫌いがある。ご容赦頂きたい。

 「 電子技術・産業とクリーンテクノロジー 」の章は、上で述べた『 電子管研究から半導体研究への流れ 』を構成する二本立てのうちの一つである「 電子管研究における表面処理の研究から 」を意図して書かれたものである。しかし、必ずしも系統立った技術的流れとして内容を深め得なかったとの感が残る。

 「 ゲルマニウムおよびシリコンの歩み 」の章では、とくにシリコン・ウェーハに関する系統的なデータをもとに、Si DRAMの高度化と歩みを共にしたシリコン結晶の分野における進歩の過程が述べられている。

特別寄稿では、戦時中の「 疎開 」にまで遡る神代分室から半世紀にわたる技術者としての歩みが、それぞれの全く異なった軌跡を辿るかたちで述べられている。これらの方々もまた、神代分室に軸足を置きながら日本のエレクトロニクスの発展に大きく貢献された。

 上巻が神代時代に密着した種々の内容からなっているのに対し、下巻はその神代時代の体験が、その後の半導体・集積回路時代に技術開発の面で、どのような成果に結びついたかという視点に立っているといえる。満足すべき形態になったとはいえないが、集まった原稿を敢えてそのように編集すべく努めた。

 しかし、本文集は本質的に寄稿者による自分史的なものを取り纏めたという枠から越えることは困難であった。客観性を持つものにしようと努力しながらも、時間的な制約もあり、このようなかたちで神代分室に端を発するその後の技術の歩みを主体として、この下巻を纏めることになった。編者の非力の致すところであり、御容赦を請う次第である。


編者(代表 : 今井)