監修者のことば

                                      平成15年5月26日

                   川野 希  米沢興譲館同窓会会長


 明治時代の米沢中学校(後、米沢興譲館中学校)に、このように傑出した教諭がおられ、当時の寄宿舎の舎監として、寄宿生に後々まで大きな影響を与えられた事実を顕彰することは大きな意義がある。その意味で今回の『追悼文集』の復刻には、米沢興譲館同窓会会長の立場として本同窓会が関わることに積極的に賛同する。

「前例がないから」という理由で、意義あることを実行に移していかなければ、何事も発展的に前進していくことはあり得ない。 現状を打破して実績を積み上げていくことにより、初めて過去には無かった、あるいは出来なかった大きな仕事も出来上がっていくものである。

この復刻版の作成は小さなことかもしれないが、そうした新たな前例の一つとしていきたい。こうした前例をどんどん作っていけばよい。旧きを訪ね、改めて興譲館精神発揚の機運を昂める一助となればと念願している。

 作成者の補足:上記監修者のことばは、作成者が川野会長と電話でご相談した時の会長のお考えに、H15.5.26に興譲館高校で直接お聞きした会長のことばを交えて、作成者が成文化したものである。

興譲館での御相談の席には、松野良寅前会長、高野譲副会長、さらには現・五十嵐校長も同席し、川野会長の同窓会としての復刻版出版(ただし、所要経費は別途負担)の発言に異議を唱える方は一人もおらず、全員賛成であった。作成部数は100部との会長の発言であった。この件は、これで落着し、次の会議に移られる前に同席した同窓会幹部と共に15時頃に撮った写真をここに載せておく。

 この後、川野会長は16時頃ご自宅玄関先で心不全により倒れられ、再び蘇えられることは無かった。上記 “ 監修者のことば ” は、川野会長の示された御遺志であり、写真は最後の御遺影でもある。

一部同窓会幹部の中にあるやに聞いていた “ 元校長や教頭でもなかった一教諭にかかわる追悼文集を同窓会が関わる公的なものとして出すのは前例が無い ” などという偏狭な考えは、川野会長の念頭に微塵もなかったのである。口に鷹山公精神を格好良く唱える地元有力教育論者の方々に、“ 元校長や教頭 ”などと言う肩書きを越えて鷹山公の興譲館精神を呼び起こす具体的な事例とすべきことを、川野会長は強く訴えたかったのである。
 このような経緯を踏まえ、川野会長の遺志を明確に示す「監修者のことば」と囲み枠の「奥付」を加えた。